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調理道具、食器、厨房設備、 製菓用品、その他 何でも揃う。 |
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<合羽橋名前の由来>
河童が居たから”かっぱ橋”?
実は、名前の由来には2つの説があります。1つめは、金竜小学校跡地辺りにその昔伊予新谷の城主の下屋敷があり、小身の侍や足軽が内職で作った雨合羽を、天気の良い日に近くの橋にズラリと干していたという、「雨合羽」説。
もう1つは、お待ちかね「河童」説。曹源寺通称”かっぱ寺”に墓所がある合羽屋喜八のお話しです。今から約180年前の文化年間、合羽川太郎(本名合羽屋喜八)は、この辺りの水はけが悪く少しの雨ですぐ洪水になってしまうのを見かね、私財を投げ出して掘割工事を始めました。なかなか捗らない工事の様子を見ていた隅田川の河童達は、川太郎の善行に感動して夜な夜な工事を手伝ったそうです。そして、なぜか河童を見た人は運が開け、商売も繁盛したといいます。
・・・さて、どちらの説がお気に召しました? |
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江戸時代から現代までの、かっぱ橋の歴史が年表でご覧いただけます。 |
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明治末期の合羽橋の風景画(画・諸星正作氏) |

明治43年8月の隅田川決壊による大洪水の
様子で合羽橋から田島町方面を臨む |
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明治43年8月大洪水の時の本願寺西門 |
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大正初期頃の合羽橋 |

大正頃の市電利用風景 |
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大正3年東京駅開業記念アーチ |
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昭和初期の合羽橋界隈での洗
濯風景(ガラス版写真) |

昭和4年8月ツェッペリン伯号帝都訪問にて合羽
橋上空飛来(ガラス版写真) |
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昭和20年代後半頃の道具街 |

正昭和45年頃の街並 |
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